2016年5月23日月曜日

(震災レポート34)

(震災レポート34)
震災レポート・拡張編(14)―[政治状況論 ①]

 今回は、政治経済学が専門の若手評論家・中野剛志の経済学(ex.『日本防衛論』)を取り上げる予定だったが、現在の切迫した政治状況に突き動かされるような形で、日本を取り巻く世界の政治状況を分析した著作の方を取り上げることになってしまった。…今夏の記録的な暑さの中で、(苦手な経済論よりさらに苦手な)政治論と格闘し、何度もギブアップしそうになりながら、(ここで挫折したら、この「震災レポート」が中途で頓挫してしまう、という思いで)なんとか再起動し、ようやくワープロ打ちを始めるところまで辿り着いた。…これまでは、共感できた著作だけを取り上げてきたが、今回は初めて、批判的ながら評価せざるを得ない著作を扱うことになる。従って、これは、そのささやかな悪戦苦闘の記録ということになる。
                                        

『世界を戦争に導くグローバリズム』 
   中野剛志(集英社新書)2014.9.22
                          ――[前編]


〔著者は1971年生まれ。評論家。専門は政治経済学、政治経済思想。東大教養学部卒業後、通産省に入省。エディンバラ大学より博士号取得。元京都大准教授。…著書に『TPP亡国論』(20万部を超えるベストセラー)、『官僚の反逆』『日本防衛論』『資本主義の預言者たち』、共著に『グローバル恐慌の真相』『日本破滅論』『グローバリズムが世界を滅ぼす』など多数。〕


【はじめに】日本が戦争に巻き込まれる日

・ここ最近の国際秩序の変調……東シナ海および南シナ海においては、中国による挑発的な行動が止まらない。シリアやエジプト、イラクなど中東の混乱は、収拾がつかない。そして、ロシアによるクリミアの奪取に対しては、なすすべがない。…しかも、こうした秩序の不安定化は、世界各地において、ほぼ同時多発的に起きている。→ いったい、この世界に何が起きているのか。そして、それは日本にどのような事態をもたらすのか。…それを明らかにするのが本書の目的である。
・今日の世界で展開されているパワー・ポリティクスのダイナミズムを描くと、恐るべき現実が見えてくる。…それは、冷戦終結後のグローバル化が失敗に終わり、国際秩序が崩れて戦争が多発する世界になりつつあること、そして日本もまた戦争に巻き込まれようとしているということである。
・昨今の集団的自衛権を巡る論争で、その行使に反対する論者は、アメリカが行う戦争に日本が巻き込まれると主張する。←→ (本書の主張はそうではなく)アメリカの戦争に日本が巻き込まれるようなことは、むしろ起きにくくなった。…なぜなら、アメリカは、もはや「世界の警察官」として積極的に武力行使を行えるような覇権国家の地位を失いつつあるからだ。…それこそが、本書の中核となる主張である。〔※引くアメリカ、出る日本…?〕
・では、なぜ日本が戦争に巻き込まれることになるのか、→ アメリカが覇権国家ではなくなると、「世界の警察官」として東アジアの安全保障を確保できなくなるので、日本は戦争に巻き込まれる。…その際、戦争を仕掛けてくると想定されるのは、言うまでもなく中国だ。〔※う~ん、アメリカの「後方支援」ではなく、日本と中国が直接ぶつかる、ということか…?〕
・集団的自衛権の行使は、日米同盟を深化させるものと位置づけられている〔※確かに安倍政権の狙いはそうだろう。宮台真司言うところの「アメリカのケツ舐め外交」か…〕。←→ だが、肝心のアメリカが、日本を守ることができなくなっているのだとしたら、日米同盟の深化には何の意味もないことになってしまう。
・そのため、集団的自衛権の行使や日米同盟の深化を唱える保守系の論者の多くは、アメリカが「世界の警察官」たり得なくなったことを認めることができない。…政権が代われば〔※共和党?〕、強いアメリカが復活するはずだ、というように。→ 日本は、日米同盟に依存した安全保障政策という、戦後の基本路線を継続し、集団的自衛権の行使容認によって、その基本路線をより強化していく。→ そして、強化された日米同盟は、これまでどおり、日本の安全を保障するものとなろう、というわけだ。
・だが、本書の分析結果は、そうではない。→ この戦後の安全保障政策の基本路線を継続・強化したとしても、中国による武力攻撃を抑止できないという可能性は、これまでになく高まっているのだ。…そして、そうなるに至った根本原因は、グローバリズムという思想の過ちにある。〔※う~ん、この著者の基本は〝中国脅威論〟か…?〕


【1章】「危機の二十年」再び――グローバリズムと戦争

○覇権国アメリカの凋落と世界秩序の崩壊

・(2012年12月に公表された)アメリカの「国家情報会議」の重要な報告書(「グローバル・トレンド2030」)の一節…「1815年、1919年、1945年、1989年のような、先行きが不透明で、世界が変わってしまう可能性に直面していた歴史的転換点を、現在の状況は想起させる」…1815年とは、ナポレオン戦争が終結し、イギリスが世界の覇権国家としての第一歩を踏み出した年。…1919年とは、第一次世界大戦が終結し、イギリスが覇権国家としての地位を失った年。…1945年は、第二次世界大戦が終結し、これ以降、東西冷戦時代となり、ソ連とアメリカが東西の覇権国家として君臨した。…1989年は、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した年。〔※戦争が終わると、世界の覇権が動く、というパターンか…?〕
・国家情報会議は、現在の世界が、こうした世界史の一時代を画する(覇権国家の興亡を決定づけた)年に匹敵する一大転換期にあると述べている。…つまり、現在、冷戦終結後に形成された世界秩序(アメリカ一極体制)が崩壊しようとしている。→ そして、2030年までに、アメリカは覇権国家としての地位を失うだろう。…アメリカ政府自身が正式にそれを認めたのだ。〔※その大転換の契機は、やはりイラク戦争…?〕


○アメリカ一極主義とグローバリズムのポスト冷戦体制

・(冷戦以後の世界の流れ)…アメリカは唯一の超大国として、理想とする(政治的な自由主義、民主主義、法の支配、経済的な自由主義といった価値観に基づく)新たな世界秩序の建設に乗り出した。…ex. コソボやソマリアの紛争に対して、人道的介入を行った(従来の国際秩序の基礎にあった主権国家という枠組みを踏み越えて、他国に介入するという野心的な試み)。→ 人道という普遍的な価値が、国家主権という規範の上位に立つ秩序の建設を、アメリカは目指したのだ。〔※う~ん、この著者は、アメリカには批判的な立場のようだが、国家主権VS普遍的な価値という二項対立は、世界史の現時点でのアポリア(難問)の一つか…〕
・さらに2001年、9・11テロに対して、「テロとの戦い」を掲げ、さらには中東諸国の民主化を企てる、という途方もないプロジェクトに乗り出した〔※う~ん、このイラク戦争の場合も、軍産複合体の利益という不純な動機が見え隠れするが…〕。…経済面においても、アメリカはWTO(世界貿易機関)の設立を主導し、経済自由主義に基づく国際経済秩序(※グローバリズム)の建設を目指した(各国固有の制度や国内事情に配慮していた従来のGATT(国際関税協定)の枠組みを踏み越え、経済自由主義的な一律の制度によって各国の経済的な国家主権を大幅に制限しようとする急進的なもの)。→ IMF(国際通貨基金)や世界銀行も、同様の動き(開発途上国に対して、融資の条件として、貿易や投資の自由化、民営化、規制緩和などを推進)。
・こうしたアメリカの経済面における一極主義は、いわゆるグローバル化をもたらした。…グローバル化とは、(歴史や市場の法則に従った潮流などではなく)アメリカという覇権国家による一極主義的な世界戦略の産物なのだ。〔※これは、この著者の主張の肝の一つか…〕
・アメリカは、冷戦終結後の中国に対しても一極主義的な戦略で臨んだ。…中国がグローバル経済に参加して経済的繁栄を享受するのを支援し、その代わりにアメリカが圧倒的な優位に立つアジア太平洋の秩序を認めさせるという戦略。→ その結果、中国は世界市場における生産拠点として有望な投資先となり、グローバル化は加速した。〔※そして中国の今の姿…〕


○グローバル化の加速とイラク戦争で頓挫したアメリカ一極主義

・しかし、冷戦終結からおよそ20年して、アメリカのこの世界戦略は、完全に行き詰まってしまった。→ まず、2003年に「中東の民主化」を大義として開始されたイラク戦争が手ひどい失敗に終わり、アメリカの国力と威信を大きく傷つけた〔※このイラク戦争の失敗は、いま欧州全体を悩ましている、中東からの大量の難民流入問題にまで尾を引いている…〕。
・その一方で、2000年代半ばより、中国が軍事的にも経済的にも大国として目覚ましく台頭し、東アジアにおけるアメリカの優位を脅かすようになった(そもそも中国のグローバル化を支援し、成長させたのはアメリカだった)。…アメリカは、中国をグローバル経済に統合し、経済的繁栄の恩恵を与えれば、中国がアメリカ主導の国際秩序を受け入れるものと考えていた。←→ しかし実際には、中国は東アジアにおけるアメリカの覇権に挑戦するようになり、そして、国際秩序の不安定要因と化した。〔※今まさに、経済的にも政治的にも不安定要因…〕
・このように2000年代に起きた大きな変化は、いずれも冷戦終結後のアメリカの一極主義的な世界戦略の失敗を意味するものだった。→ こうして政治的な一極主義が頓挫する一方で、経済的な一極主義であるグローバル化もまた、挫折を迎えることとなった。…資産バブルとその崩壊(サブプライム危機)、そして世界金融危機。→ その結果、アメリカは、巨額の政府債務と民間債務、経常収支赤字、不安定な金融市場、低い成長率、高い失業率、そして異常な経済格差が残されたのだ。〔※ここまでの現状分析に、とくに異論なし…〕


○グローバル覇権なき多極化の時代へ

・(「グローバル・トレンド2030」の2030年に向けた世界予測)…まず、アジアはGDP(国内総生産)、人口規模、軍事費、技術開発投資に基づくパワーにおいて、北アメリカとヨーロッパを凌駕する(中国、インド、ブラジル、コロンビア、インドネシア、ナイジェリア、南アフリカ、トルコがグローバル経済にとって重要となる)。←→ 他方で、ヨーロッパ、日本、ロシアは、相対的な衰退を続ける〔※う~ん、アメリカは、日本は衰退と見ているのか…〕。→ 1945年以降に米国主導で築いた「パックス・アメリカーナ」の世界秩序は、急速に消滅していくだろう。…2030年のアメリカは、諸大国のうちの「同輩中の首席」の地位にとどまっているだろう。
・ここで着目すべきは、「グローバル・トレンド2030」が、2020年代に中国がアメリカを抜いて、世界最大の経済大国となると予測していること。…(ただし、中国が実際にそうなるかではなく)アメリカがそういう可能性を念頭において、今後の外交戦略を決めていくであろうことが重要なのだ。

〔※エマニュエル・トッドは、中国は幻想の大国で、経済的にも軍事的にも「帝国」ではない、と言っているが……その根拠は、中国の経済的発展が自発的なものではなく、欧米や日本に依存したものであること。それも、中国の膨大な人口を安価な労働力として西洋のグローバル企業が利用してきたこと(西洋のグローバル企業と中国の支配層との一種の利益共同体)。また、軍事的に見ても、軍事技術で非常に遅れをとっていること(※意外と近代化している、という説もあるが…)。さらに、猛スピードで少子高齢化が進んでいるが、年金をはじめとする社会保障制度が未整備なので、それが近い将来に、社会不安を増大させるであろうこと。また経済的には、国家主導の(旧ソ連式の)経済運営で、GDPの内容も(不動産など)設備投資が過剰で、個人消費が弱く、外需依存型(輸出頼みの不安定な経済構造)。そして、恐るべき速さで進んだ経済成長がもたらした、富裕層と貧困層との非常に大きな格差が、深刻な社会問題になるであろうこと。さらに、教育水準の問題で、高等教育への進学率がとても低く、高等教育には進まない層がマジョリティーを占めていて、この状態は、どこの国でもナショナリズムが激しく燃え上がる危険性を秘めていること。→ そして日本にとって大事なことは、中国との関係において、こうしたナショナリズム的な対決の構図に入らないこと。逆に日本は、中国に対して何らかの助け舟を出す用意をしておく必要があると思う。中国の指導者は口にこそ出さないが、苦境に立たされているのは明らかだから。こういった時にこそ、中国を支援するべきなのだ(困惑し始めた中国の姿を見て、日本は喜んでいるようではいけない)。…中国は不安定で問題の多い国だが、巨大な国だ。中国経済がダウンすれば、世界中が大きなダメージを受けてしまう。それは何としても避けなければならない(※情けは人の為ならずか…)。…このように、大変有益と思われる助言をしてくれるトッド氏だが、他方では、アメリカとの集団的安全保障の法制化を支持し、日本自身の防衛力の強化が不可欠だ(日本は、巨大な中国に対して、科学技術上、経済上、そして軍事技術上の優位性を保ち続けていかなければならない)……といった、安倍政権が泣いて喜びそうなことにも言及しているのは、複雑な気持ちにならざるを得ない。……詳細は「文芸春秋」2015年10月号〕

〔本書に戻る〕

・海洋秩序については、次のような未来予想図を描いている。…グローバルな経済のパワーはアジアに移り、古代の地中海や20世紀の大西洋のように、インド・太平洋が21世紀の国際海上交通の中心となる。←→ 世界の主要なシーレーンに対するアメリカの海軍覇権は、(中国の外洋海軍の強化に伴って)消滅していく〔※確かに、いま中国は着々と手を打っているように見える…〕。→ つまり、2030年までに、世界はグローバル覇権国家の存在しない多極化した構造となるのだ。〔※う~ん、Gゼロの世界か…〕


○アメリカが描く中国台頭後のシナリオ

・東アジアの秩序について、「グローバル・トレンド2030」が想定する四つのシナリオ。

①アジア地域へのアメリカの関与が継続し、現在の秩序が今後も維持されるという、現状維持のシナリオ。〔※アメリカの衰退により、「現状維持」は、もはやあり得ない…?〕
②アメリカのアジア地域への関与が減少し、アジア諸国がお互いに競合し、勢力均衡が生まれるという、多極化のシナリオ。〔※アジアで「勢力均衡」もあり得ない…?〕
③中国が政治的に自由化し、多元的で平和愛好的な東アジア共同体が成立するという、いささか楽観的なシナリオ。〔※これが理想なのだろうが、この著者によれば、最もあり得ない…?〕
④中国が勢力を拡張し、東アジアにおいて、中国を頂点とした他の地域に対して排他的な「華夷秩序」が成立する、というシナリオ。〔※最悪だが、大規模な戦争リスクは減少…?〕

・世界全体の将来について、最悪のシナリオは、アメリカやヨーロッパがより内向きとなり、「世界の警察官」が不在のまま国家間紛争のリスクが増大すること〔※不安定な多極化…?〕。←→ 逆に最善のシナリオは、アメリカと中国が協力し、様々な問題に対処すること。
・つまり「グローバル・トレンド2030」は、米中が協力関係を構築するというシナリオを「最善」としている。→ アメリカ政府の正式の情報機関が、アメリカの覇権の終焉と米中協力の可能性を認めるようになっていることの意味は、極めて重い。〔※日本は衰退するわき役…?〕
・1989年から約20年続いた、アメリカ一極主義に基づく国際秩序は崩壊し、世界は多極化していく。→ アメリカは、世界を制するグローバル覇権国家としての地位を失い、中国が東アジアの覇権国家として台頭する。…このような時代認識をもっているのだとしたら、アメリカは、いかなる理念・戦略をとっていくのだろうか。


○アメリカ外交の二大潮流――現実主義と理想主義

・アメリカの外交方針には、伝統的に自由や民主主義のような価値観を重視する理想主義(アイディアリズム)と、勢力均衡を重視する現実主義(リアリズム)という二つのパラダイムがある。ex. 1991年の湾岸戦争…中東の「勢力均衡」を重視して、途中で戦闘を止めたブッシュ・シニアの外交方針は、現実主義だったが ←→ 2003年のブッシュ・ジュニアのイラク戦争…テロとの戦いや中東の民主化といった十字軍的な大義を掲げて、理想主義の観点から正当化され、実行された。→ しかし、フセイン政権の打倒には成功したものの、イラクの秩序は再建できず、中東全体の秩序が不安定化することになった。…理想主義の外交は、手ひどい失敗に終わったのだ。〔※う~ん、大量破壊兵器の存在を捏造していたブッシュ・ジュニアを理想主義と言われてもなあ…?〕
・理想主義で失敗したブッシュ・ジュニア政権を引き継いだオバマ大統領は、勢力均衡を重視する現実主義へと舵を切った。〔※この理想主義と現実主義とのせめぎ合いという枠組みは、この著者の政治学のポイントの一つか…〕


○パワーを巡る闘争を直視する現実主義者

・冷戦期において支配的だったのは、現実主義だった。…現実主義は、国際関係の本質を利己的な国家の間で繰り広げられるパワーを巡る闘争(※パワー・ポリティクス)だとみなす。→ それゆえ、紛争や戦争の撲滅については概して悲観的だ〔※性悪説か…〕。
・ただし、現実主義には、時代とともにいくつかのヴァリエーションがある。…「古典的」現実主義の論者は、国家には他国に対する生来の支配欲があり、それが戦争を引き起こすのだとみなした〔※確かに「古典的」らしい素朴な見解…〕。→ そこから、各国家がお互いに勢力を均衡させる多極的な世界が望ましい、となる。
・これに対して、「新」現実主義の論者は、(国家の生来の本質には触れず)国際システムが、中央政府の存在を欠いた無政府状態(アナーキー)であることに着目し、各国家はその無政府状態の中で生き残りを図って行動するものととらえる。〔※システム論的な考え方か…?〕
・新現実主義のうち、「防衛的」現実主義と呼ばれる理論は、防衛の方が攻撃よりも容易な場合、国家はお互いにより協力的になると考えた。→ 従って、国際システムが無政府状態であっても、国家間の協調は可能であるはずと言う。〔※この「防衛的」現実主義は、「専守防衛に徹する」という日本の平和憲法とも親和的か…?〕
・また、大国は勢力均衡を保つために同盟関係を形成したり、核抑止力のような防衛的軍事力を保有したりすることで、自国の安全を確保しようとする〔※う~ん、現実主義では、核兵器も防衛的軍事力なのか…〕。→ それゆえ、新現実主義の論者は、冷戦の二極対立下においては、アメリカはかえって非常に安全であると考えていた。〔※う~ん、日本でも、そのうち、この「防衛的」現実主義によって、核武装を堂々と提唱する論が出てくる…? この著者も…?〕
・「防衛的」現実主義に対して、「攻撃的」現実主義と呼ばれる理論では、(国際システムを無政府状態とみなす点では、他の現実主義と同じだが)世界が無政府状態であるがゆえに、どの国家も自国の安全保障のために、相対的なパワーを最大化しようとして、競合するのだと論じる。〔※安倍政権のホンネはこれか…? しかし、それでは軍拡競争しかないのでは…?〕


○国際協調を楽観視する理想主義者

・こうした現実主義に対抗するのが、理想主義〔「自由主義」(リベラリズム)と呼ぶ論者もいる〕。理想主義にも複数のヴァリエーションがある。
① 戦争は当事国双方に経済的な損害をもたらすから、経済的な相互依存を深化させれば、国家間の武力衝突は抑制できるという理論。〔※日本でも、これを言う論者は多いだろう…〕
② 民主政治が広まれば、世界は平和になるという理念
〔※戦争では一般の国民の犠牲が最も過酷になるのだから「戦争は絶対悪」、という理念あるいは歴史的教訓は、この著者の現実主義には存在しないのか…? ←→ そうではなく、逆にその理想主義の理念こそが戦争を起こす、という主張…?〕。
・さらに近年では、IEA(国際エネルギー機関)やIMFといった国際機関や国際制度が、各国家に互恵的な利益をもたらすことで、国家の利己的な行動を矯正するという「制度派」の理論が台頭している。〔※国連はどうなっているのか…?〕
・いずれの理論であれ、理想主義者は、国際協調は(防衛的現実主義者が想定するよりも)容易に実現可能であると考えている。…また、理想主義者は、多国籍企業など国家以外の主体の役割も重視する傾向にある。〔※現時点では、多国籍企業の多くは、マネー資本主義と同一視されて、あまりイメージは良くない…?〕
・冷戦期の米ソ対立の中では、現実主義の方がより説得力をもっていた。→ しかし、冷戦の終結は、西側世界の自由主義の勝利を強く印象づけた。そして、理想主義が大きく勢力を伸ばすこととなった。→ アメリカは、一極主義的な覇権国家としての確信を得て、新たな国際秩序の構築に乗り出した。…その際、アメリカが目指した新たな国際秩序とは、政治的な自由主義、民主主義、法の支配、経済的な自由主義といった、理想主義の価値観に基づくものであった。〔※これは一般的な理念としては、原則的には妥当だったのではないか。もちろん様々な条件つきではあるだろうが…〕
・ところで、(ネオコンと呼ばれる政治思想が反映されていた)ブッシュ・ジュニア政権は、理想主義に分類されたが、この見解には違和感があるかもしれない〔※ネオコン=軍産複合体というイメージ…〕。…だが、ネオコンの思想は、自由や民主主義といったアメリカ的な価値観を基礎とした世界秩序の構築という大目的〔※表向き?〕をもっているので、現実主義とは決定的に異なるのだ〔※現実主義者には何も価値観はないのか…?〕。→ 実際、現実主義者は、ネオコンが主導したイラク攻撃に反対したが〔※中東の勢力均衡が崩れるから?〕、リベラル派(理想主義者)の論客たちは支持を表明していた。…よって、ブッシュ・ジュニア政権およびネオコンは、理想主義の一種とみなすべきなのだ。→ そして冷戦終結から20年を経て、この理想主義のプロジェクトは失敗に終わった。…アメリカは、現実主義へと大きく舵を切ろうとしている。〔※う~ん、それでも、あのブッシュ・ジュニアを理想主義とするのは違和感を覚えざるを得ない。その理念の裏に隠された軍産複合体(の利権)というリアリズムの影…? それにしても、この著者の現実主義/理想主義という枠組みは、イマイチ納得感がない…〕


○「危機の20年」――戦間期にも支配的だった理想主義

・1989年から続いた理想主義に基づく国際秩序は、2009年をもって、20年の寿命を終えた。もっとも、理想主義の挫折は、歴史上、これが最初ではない。…第一次世界大戦と第二次世界大戦の間のいわゆる「戦間期」(1919年~1939年)においては、国際政治経済を支配した思想は、理想主義だった。→ そして、この戦間期の20年における理想主義の破綻が、二度目の世界大戦という国際秩序の崩壊をもたらした。〔※第二次世界大戦は理想主義の責任…?〕
・これを明らかにしたのが、E・H・カーの『危機の二十年』。…この「古典」の一つとされるテキストの中で、カーは、戦間期という「危機の20年」を、理想主義(カーは「ユートピア主義」と呼ぶ)と現実主義という二つの思想を用いて、見事に分析してみせた(詳細はP35~44)。→ この理想主義と現実主義という概念の枠組みは、戦後、アメリカを中心とした国際政治経済学の二大潮流となり、現在もなお、その効力を失っていない。〔※当方の目論みとしては、この著者の短絡的にも見える理想主義/現実主義という二項対立に、批判的な検討を加えていきたいのだが、能力的・学識的にちょっと厳しいか…?〕


○戦間期のアメリカでなぜ理想主義が興隆したのか

・近代以前の中世世界は、キリスト教によって統合・支配されていた。…しかし、中世世界は宗教戦争によって崩壊し、宗教的権威は凋落した。→ 近代世界では、(衰退した宗教に代わって)理性によって、道徳の「自然法」を発見し、それによって世界を統治しようという合理主義の啓蒙思想が発展するようになり、18世紀に隆盛を遂げた。→ 19世紀の産業革命によってイギリスが大国として台頭し、思想の潮流がフランスからイギリスへと移ると、18世紀の啓蒙思想は、ベンサム主義(功利主義)へと変容した。
・ベンサム主義は、「善」の問題を計測可能な「幸福」に還元し、「最大多数の最大幸福」をもって、倫理の絶対的な基準と定義した。…「最大多数の最大幸福」は、人間が科学的理性によって発見した道徳の法則とみなされた。→ ベンサム主義は啓蒙思想の合理主義を引き継ぐものであり、そして「最大多数の最大幸福」の格率は、言わば、19世紀における自然法だったのだ。(※民主党が「最少不幸社会」とかいうセンス悪いスローガンを使ってなかったか…?)
・さらに、この格率は、人民の意見の集積である世論こそが、合理的な判断基準であるという風潮を生み出した。…ベンサム主義は、自由民主主義の信念を形成し、流布するのにも多大な貢献をなしたのだ。→ もっとも、このようなベンサム主義の素朴な理性信仰や世論信仰に対しては、次第に懐疑の目が向けられるようになっていった。…理想主義は、19世紀の終わりまでには、少なくともイギリスとヨーロッパ大陸諸国において、その支配的な影響力を失ったはずであった。〔※う~ん、あまり納得感がない…〕
・しかし、20世紀の1920~30年代に、このベンサム主義を国際政治に移植し、理想主義を確立させるのに、中心的な役割を果たしたのはアメリカだった、とカーは言う。…アメリカは、第一次世界大戦後に(イギリスに代わって)超大国となり、素朴な理性信仰や世論信仰に基づく理想主義に燃えて、新たな国際秩序を構築しようとした。…その典型がウッドロー・ウィルソン大統領である。…ex. 国際連盟の構想…人民の総意である世論が正しいように、諸国家の合意に従って国際政治を統治すれば、国際平和は実現するはずというわけだ。
〔※う~ん、この著者は、理想主義を信仰と断じて、「理想主義」という言葉に、ことさら負のイメージを塗り付けようとしている…? 「世論が正しい」などというナイーブなことは、19世紀でも20世紀でも、(方便として主張したとしても)誰も信じていなかったのではないか? 民主主義における「合理的な判断基準」ということは、(正しいかどうか、と言うより)議論を尽くした後の〝とりあえずの合意〟(多数決の場合もある)として取り扱う、ということではないのか…? 当方、E・H・カーの著作は、大昔にマルクスだかドストエフスキーだかの評伝を読んだきりで、『危機の二十年』は未読なので、これ以上は展開できないのだが。まあ、素人の限界か…〕


○経済自由主義の教義が理想主義に転化した

・理想主義には(ベンサム主義と並んで)もう一つの源泉がある。…アダム・スミスを始祖とする「自由放任の政治経済学」、いわゆる経済自由主義だ。→ 諸個人がそれぞれ自己利益を追求して行動しても、市場原理が作用して利益の調和が達成される。〔※う~ん、アダム・スミスの思想はそんな単純ではない、とも言われているが……ex.『吉本隆明の経済学』筑摩選書〕
・理想主義は、この教義を国際政治に応用する。…国際的な自由市場の下では、諸国家がそれぞれ自国の経済的利益を追求して行動しても、諸国家の利益は調和すると言うのだ。→ ここから自由貿易の教義が導き出される。…各国が貿易を自由化すれば、世界全体の利益が調和し、国家間の争いはなくなるだろうというわけだ。〔※ここも、理想主義や自由主義をちょっと単純化しすぎる嫌いが…〕
〔※以下、著者の〝理想主義批判〟が続くが、枚数の関係で、この章の後半はポイントだけにとどめたい。…詳細はP38~52〕
・理想主義者は、自由貿易が各国の「利益の調和」をもたらすと主張する。←→ しかし、19世紀のイギリスが自由貿易を唱道したのは、それが覇権国家イギリスにとって有利だからにすぎない。ドイツのような発展途上国は、自由貿易によって不利を強いられたのだ。(※これは一定の説得力あり。今のTPPの議論を彷彿とさせる。…ちなみに、この著者は『TPP亡国論』集英社新書2011年 も書いている。)
・ウィルソン的な国際主義も同様だ。…歴史上、国際平和や国際的な連帯のスローガンは、支配的な諸大国が、彼らが優位に立つ現状を維持し、弱小国を抑えつけるために唱えるものだ。…現実を隠す理想主義の美辞麗句こそ、現実主義者が最も唾棄すべきものだった。
(E・H・カーの言)…「重要なのは、絶対普遍だとみなされる諸原則が、原則と呼べるような代物ではなく、とある時期の国益のとある解釈によってできた国家政策を無意識のうちに反映したものにすぎない、ということである。(中略)しかし、こうした抽象的な原則を具体的な政治状況に適応しようとするや否や、それらが既得権益の見えすいた偽装にすぎないことが明らかになるのである」……〔※う~ん、これらは一見すると、「理想主義」に対する現実主義からの辛口の批判のように見えるが…ここで言われている「理想主義」は、理想主義の衣をまとった利己的な「現実主義」ではないのか…?〕
・しかしカーは、現実主義の限界もわきまえており、次のような留保をつけている。…純粋な現実主義者は、唯物論に傾きすぎであり、理想、感情、道徳、神話、ヴィジョン、意味といったものが国際政治において果たす役割を見逃しがちである。→ 人間は理想を掲げ、理想に向かって行動するという「現実」がある。言い換えれば、「現実」の中に「理想」も織り込まれているのだ。…理想と現実。道徳と権力。この二つの要素の間の運動として成立するのが、政治というものに他ならない。…この深い洞察に、カーの国際政治理論の神髄がある。〔※以上の部分は、とくに異論なし。当方の「現実」も織り込んだ「理想主義」とも折り合う…?〕


○安倍政権の価値観外交は理想主義

・2012年末に成立した第二次安倍政権は、「世界全体を俯瞰して、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった、基本的価値に立脚し、戦略的な外交を展開していく」と宣言した。…このような基本的価値観を共有する国々と連携するという外交戦略は、「価値観外交」と呼ばれていて、価値観を重視するものだから、明らかに理想主義に分類できる。〔※う~ん、これはちょっと表層的、形式的な認識ではないのか。安倍政権が「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」といった基本的価値に立脚した、理想主義に分類できる政権…と言われても、なんか悪い冗談のようにしか思えないが。…「報道の自由」に介入し、とても民主主義とは言えない議会運営に終始し、労働者(自衛隊員も?)の基本的人権を軽視し、立憲主義を無視して憲法違反の安保法制をゴリ押ししようとしている…〕
・他方で、安倍政権が掲げる理想主義的なスローガンについても、実は単なる外交上のレトリックにすぎないのであり〔※なんだ、この著者もそう思っているのか…〕、実際の外交戦略は、もっと現実主義的な洞察〔※マキャベリズム?〕に基づいて進められる可能性もある。というのも、一般的に、外交上のレトリックとしては、自由や人権など、価値の普遍性を主張する理想主義的な言辞の方が適しているから。〔※ただ問題なのは、ここでこの著者は、安倍政権の「理想主義的な価値観」に関して、当方などとは逆に、その現実主義的な〝二枚舌〟を、肯定・評価しているように見えてしまう危うさだ…詳細はP52〕       (9/15…1章 了)

〔ここで体調不良のため中断……2015.9.15〕

〔参考記事の追記〕

(中断していた間に、この「政治状況論」と関連する興味深い新聞記事があったので紹介しておきたい。)

○「経験知への敬意重要」
   中島岳志(北海道大准教授)
         〔聞き手・小田昌孝〕 

「もともと、保守思想はフランス革命のアンチテーゼとして生まれました。
 フランス革命は人間には万能の理性があり、合理的に設計すれば理想的な社会ができるという左翼思想に基づきました。ところが保守は人間は間違いやすく、不完全な生き物という考えに立ちます。従ってその人間が理想的な社会をつくれるはずがないと考えるわけです。一気に何かを変えるというのは理性に対する思い上がり、過信があり、それは必ず暴力につながる。反対の人への弾圧、独裁政治などの反動を生み出す、と。
 保守は長年にわたって積み上げてきた経験知、慣習を大切にしながら、漸進的に物事を変えていきます。政治手法でも、法律によってすべてが決まるとは判断しない。その法にまつわる慣習を大切にするんです。法律に『やってはいけない』と書いてなくても、長年の慣習としてやってはならないことを身に付けるのが保守政治家でした。例えば、内閣が内閣法制局長官に自分たちの息のかかった人間を任命すれば、立憲主義が危うくなる。だから、そんなことはしないとかね。
 民主主義は手間がかかるんですよ。一回の選挙で大衆的な指示を受けた政治家が暴走しないよう歯止めを歴史的、政治的につくってきたんです。間接民主制で、二院制になっている。そうした手間をかけないと、世の中がおかしくなる。それが保守の知恵というものです。
 その観点からいうと、安倍晋三首相は保守ではありません。経験知や慣習に敬意を払うことがほとんどなくて、野党が何を言おうと自分の思った通りにやる。非常に過激な革新者に見えます。原発問題にしても、保守の思想を突き詰めれば反原発のはずなんです。不完全な人間が完璧なものをつくれるはずがない、というのが保守の思想ですから。それがなぜか今の自民党は原発を推進しています。
 共産党が『国民連合政府』を提唱していますが、やればいい。小選挙区である以上、野党は協力するしかない。個人の価値観としては寛容、自由を認める『リベラル』、経済的には所得を再配分する『セーフティーネット』を重視した政治勢力を緩やかに結集してほしい。私に言わせれば、かつての左翼も今は『リベラル保守』になった。民主党も手をつなぐことができるはずです。」(東京新聞 2015.11.7 より)

〔※う~ん、安倍晋三は保守ではない、かつての左翼も今は「リベラル保守」になった…。なにか「保守」というイメージが180度ひっくり返ったような気がしてくるが…。そして、この「リベラル保守」という概念は、「より速く、より遠く、より合理的に」を行動原理とする近代システム・資本主義が機能不全に陥っている現在、意外にも、「長い21世紀」の「低成長経済」あるいは「成熟社会」の行動原理として提唱されている「よりゆっくり、より近くに、より寛容に」という理念(『資本主義の終焉、その先の世界』詩想社新書2015.12.25より)と親和性を持って通底していく、今後につながる可能性・未来性のある政治的概念なのではないか…?〕

(2016.1.30 追記)

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